福岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)100号 判決 1974年8月27日
久留米市諏訪野一六八六番地
原告
後藤武男
右訴訟代理人弁護士
林健一郎
同市同町二四〇一番地
被告
久留米税務署長
門田恒典
右指定代理人
岡崎真喜次
同
馬場宣昭
同
井口哲五郎
同
大神哲成
同
伊東次男
同
脇山一郎
同
江崎福信
主文
一 被告が原告に対し昭和四二年六月三日付でした、原告の昭和四一年分所得税の総所得金額を金一二七万一八〇〇円とする更正(審査請求に対する裁決により一部取消された後のもの)のうち、金八六万三一八七円を超える部分はこれを取消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告が負担し、その余を原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が原告に対してした主文記載の更正のうち、金二二万一四〇〇円を超える部分はこれを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は久留米市内において清掃業を営むものであるが、昭和四一年分所得税につき昭和四二年三月頃総所得金額を金二二万一四〇〇円として確定申告したところ、被告は同年六月三日付で右総所得金額を一三八万七四二〇円と更正し、その頃その旨を原告に通知した。そこで、原告は同年七月一日被告に異議申立をしたが、被告は同年九月二六日これを棄却したので、原告は更に同年一〇月二三日福岡国税局長に審査請求したが、同局長は昭和四三年七月三〇日右更正処分のうち金一一万五六二〇円の部分を取消し、その余の部分については原告の審査請求を棄却し、同年八月一二日頃その旨を原告に通知した。
2 しかしながら、原告の昭和四一年分の総所得金額は金二二万一四〇〇円にすぎないから、被告がした右更正(ただし、右審査請求によつて取消された部分を除く。)は右金額を超過する部分について違法であるから、その取消を求める。
二 請求原因に対する被告の答弁
請求原因1記載の事実は認めるが、同2記載の主張は争う。
三 被告の主張
1 原告は、久留米市内において清掃業を営むほか、八女市において飲食店を営んでおり、昭和四一年分の右各営業による総所得金額は一二七万一八〇〇円であつて、その算定はつぎのとおりである。
<省略>
2 右飲食店営業については、原告の妻後藤キミヱ名義で昭和四一年分の所得税確定申告をしているが、以下に述べる事情を総合すれば、右飲食店の営業は原告自身が行つているものと言うべきである。即ち、昭和四一年一一月一〇日被告の係官上杉登が原告の同年分の清掃業による所得内容の事前調査に赴いた際、原告は清掃業となんら関係のない青果市場へ仕入れに行つており、右調査に際して、原告は自発的に八女市で飲食店を開業したことを申告し、その営業についての仕入関係、雇人関係、借入金関係等について詳細に説明した。また、原告の異議申立について調査を担当した被告の係官河上政敏が右飲食店に赴いたとき、原告は右飲食店で食事をしていた。そして、夫婦間において同一生計を営んでいることが通常であるから、特段の事情があとときは格別、通常の場合は名義上別個の事業をそれぞれ営んでいても事業の資金面ではそれぞれ独立せず混合されているとみるのが日常の経験則に合致する。右飲食店の開業資金は、原告の右申立によれば西日本相互銀行から二〇〇万円、正金相互銀行から二〇〇万円、福岡銀行から五〇万円の合計四五〇万円の借入金と自己資金五〇万円とをこれに充てているが、右資金は、後藤キミヱ自身で調達したものとは通常考えられず、さらに、調査によれば同人名義で昭和四一年二月二九日正金相互銀行から借入れた三〇万円のうちから、清掃業専従者後藤保二(原告の二男)が西日本相互銀行から借入れた二〇〇万円の残金八五万円が返済されている事実があり、このことからも飲食店業と清掃業とが資金面で共通していることが一層強く裏付けられる。また、昭和四二年分および同四三年分の右飲食店の営業所得については、原告名義で確定申告がなされている。以上の諸事情を総合すると本件飲食店業は、清掃業の主宰者である原告自身が営んでいるものというべきであり、そうすると、所得税法一二条の実質所得者課税の原則に照し、飲食店関係の所得は原告に帰属すると判断するのが相当である。
3 また、飲食店営業についての昭和四一年分の所得は、原告が、後藤キミエの名義で確定申告した額が八万四六〇〇円であるのに対し、被告が認定した額はそれを下回る七七五〇円であるから、原告の右飲食店業による実額所得が被告の認定額以下でないことは明らかである。
4 清掃業分の所得について
(一) 収入金 四五六万三四〇〇円について
原告は何ら記帳しておらず、かつ、これにかかる資料の提示もなかつた。そこで、被告は久留米市役所において原告の係争年間の屎尿汲取量を調査したところ四一七万八九〇〇リットルであることが分つたので、次のようにして売上を算出した。
<省略>
(六五円切捨)
汲取料金については、市条例によつて一八リットルについて二五円の単価で計算した料金までは領収してよい旨定めてあるが、原告本人の申立によれば、業者間の競走があるため単価は下げざるを得ないということで、特に低い単価で請負つた汲取先として右の三名をあげたので、この三名については直接に調査して汲取量、汲取料金を確認したものである。これら三名について一八リットル当たりの単価を算出すると、自衛隊一四・九四円、明善高校一四・九五円、丸永製菓一八円となる。
一般家庭分の汲取単価について一八リットル当り一七円ないし二〇円と申したてているが、原告が特に単価の低い汲取先としてあげた前記丸永製菓が一八円となつており、市役所の主管課においても一般家庭用分については単価二〇円を割ることはないということであつたので、単価二〇円として次の算式で一般家庭用分の売上を算出した。
(二) 算出所得金額 二五〇万九八〇〇円について
原告は標準経費についても何ら記帳がなく、かつ、これにかかる資料の提示もなかつたので、やむを得ず同業者の所得率五五%を(一)の収入金額四五六万三四〇〇円に乗じて二五〇万九八〇〇円の所得を算出した。
同業者の所得率五五%を採用するについては、次の三者を選定した。
<省略>
(平均六二・〇九%)
原告は被告久留米税務署管内にあるから、同業者の選定にあたつては同署管内から選定すべきは当然であるが、同署管内には青色申告をしている同業者はもちろん記帳している同業者はひとつもなかつたのでやむなく地理的に近接している他の税務署管内の同業者を選定したものである。一般的に同業者を選定するに際しての基準としては、所得率算出の基数となる収入金額および標準経費が信頼すべき確定金額であること、および営業規模が近似していること、ならびに地理的に近接していること、などが考えられるが、清掃業の業者には記帳している者は殆どなく、したがつて近隣の税務署管内を含めて調査した結果においても右表にかかげた三者を除いて、他に選定すべき対象がなかつたのである。
右表の三者の平均所得率は六二・〇九パーセントとなるが、原告の収入金額が四五六万三四〇〇円である点を考慮して、右表三者の中で収入金額が最も低い大牟田市の同業者の所得率である五五・六四パーセントを採用することとし、さらにそのうち〇・六四パーセントは切り捨てて五五パーセントを原告に適用したものである。
(三) 標準外経費 九六万〇七五〇円について
(イ) 雇人費 八五万八〇〇〇円について
何ら記帳なく、また他に資料もないので原告の申立額を採用した。
雇人氏名
原野松蔵 三三万六〇〇〇円
大神正次 三三万〇〇〇〇円
鹿田勝広 一九万二〇〇〇円
計 八五万八〇〇〇円
(ロ) 借入金利子 一〇万二七五〇円について
何ら記帳もなく資料もないので取引銀行において調査したものである。
四 被告の主張に対する原告の答弁および主張
1 被告の主張1および2は争う。飲食店営業は原告の妻後藤キミヱが行つているものである。原告が開業資金について若干の援助をし、また時々営業の手伝をしたとしても、飲食店営業の主体が同女にあることに変わりはない。
2 同4の(一)の主張については、原告の係争年間の汲取総量、自衛隊および明善高校分の汲取量、取取料金および一八リットルあたりの単価ならびに丸永製菓分の汲取料金はいずれも認めるが、その余の主張事実はすべて否認する。丸永製菓分の汲取料金は、汲取量の多寡を問わず、一か月一率三〇〇〇円、一年で三万六〇〇〇円との約束で汲取つていたのであり、実際は一か月の汲取量が三〇〇〇リットル以上であつたから、一八リットルあたりの単価は一八円以下であつた。そうすると、総汲取量、自衛隊および明善高校分の汲取量に争いがないから、一般家庭分の汲取量は被告主張よりも少ないのである。しかも、久留米市内の清掃業者間には価格調整、地域割調整が行なわれていなかつたため、過当な競争が行なわれ、既成業者の一般的な単価がすでに二〇円位に下つていたのであるが、原告のように、新たに清掃業をはじめた者にとつては、既成業者の地盤に喰い込む必要上、単価を二〇円以下に切り下げざるを得なかつたのである。したがつて、原告の清掃業による昭和四一年分の収入金額は被告主張の額以下になることは明かである。
3 同4の(二)の主張は争う。被告が、原告の清掃業の標準経費の算出するについて行つた所得率の推計は、その基礎とした同業者の氏名が明かにされていないから、原告との立地条件の優劣、経営規模の大小、事業実績等について原告において反証を挙げ、推計の基礎とした事実の選択が適切であるかどうか、またその事実が真実であるかどうかを争うことができない。したがつて、右のような推計方法は許されない。かりにこれが許されるとしても、被告が推計の基礎とした同業者は佐賀市および大牟田市の業者であり、右各市においては、久留米市の場合と異なり、地域割協定が行なわれているため過当競争もないので、原告の場合とは立地条件を異にしている。しかも、被告は、本件訴提起後に同業者の申告書を取寄せてこれを推計の基礎としたものであるから、このような経過に照らしても、被告の推計方法はその基礎とした事実の選択が不適切であつて、とうてい合理的な推計とは言えない。
当時の久留米市清掃津福工場作成の原価計算によれば、汲取車一台につき一か月の標準経費は一一万二一八一円である。
4 同4の(三)の(イ)の主張のうち、雇人費の総額は争い、その余の事実は認める。原告は、被告主張の三名の他に、昭和四一年四月から同年一一月までの間、野中茂を雇用して、その給与として二二万八八〇〇円を支払つたから、雇人費の総額は一〇八万六八〇〇円になる。
第三証拠関係
一 原告
1 甲第一ないし第一一号証
2 証人後藤キミヱ、同熊谷延雄、原告本人
3 乙第一ないし第四号証および第一〇号証の一ないし五の成立は知らない。その余の乙号各証の成立は認める。
二 被告
乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし五、第一一ないし第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇ないし第二二号証
2 証人河上政敏、同上杉登、同松尾敏雄
3 甲第八号証の成立および第九号証のうち原告作成部分の成立は知らない。同号証のその余の部分およびその余の甲号各証の成立は認める。
理由
一 請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。そこで、被告の主張の当否について以下順次判断する。
二 飲食店営業による所得について
飲食店営業による所得については、原告はその所得額について明かに争わないのでこれを自白したものとみなし、以下右所得の帰属について検討する。
成立に争いのない甲第五ないし第七号証及び証人後藤キミヱの証言によれば、本件飲食店業は原告の妻後藤キミヱ名義で営業許可を得て昭和四〇年六月頃から「日吉屋」という屋号で営まれ、開店当初から同女並びにその長男後藤安次がもつぱらこれに従事していたことが認められるが、所得税法一二条に定める実質所得者課税の原則によれば右事実をもつて直ちに右後藤キミヱが飲食店業の所得者と断定することはできず、ことに原告と後藤キミヱが夫婦の間柄にあることからすれば、一般に夫婦の生計は同一に営まれ事業の資金面で共通していることが多いので、このような場合、実質的な事業所得の帰属は事業の許可名義、事業に従事する形式のみならず、事業資金の調達、営業方針の決定がどのようになされたかなどの諸事情から総合的に判定すべきである。
成立に争いのない乙第一一ないし第一三号証、乙第一四号証の一ないし四、証人上杉登の証言によつて真正に成立したと認める乙第一〇号証の一ないし五、証人河上政敏、同上杉登、同松尾敏雄の各証言及び原告本人尋問の結果(但し後記採用しない部分を除く)によれば、本件飲食店の開業資金は訴外後藤キミヱ自身にはさしたる資力もなかつたので西日本相互銀行から二〇〇万円、正金相互銀行から二〇〇万円、福岡銀行から五〇万円の借入金と自己資金五〇万円の計五〇〇万円を充てたが、飲食店業からは右借入金を返済するだけの収益はあがらず原告が営む清掃業からの収益を右返済にまわさざるを得なかつたこと、一方訴外後藤キミヱ名義で昭和四一年一一月二九日正金相互銀行から借入れた三〇〇万円の中から原告の営む清掃業に専従している後藤保二(原告の二男)名義の西日本相互銀行からの借入金残八五万円が返済されていること、訴外後藤キミヱ名義の預金通帳(乙第一四号証の一ないし四)が存するけれども、その取扱金額及び飲食店業による収益に照し到底飲食店業によるもののみを取扱つたとはみられないこと、昭和四一年一一月一〇日被告の係官である訴外上杉登が原告宅へ昭和四一年度の清掃業の所得内容の事前調査に赴いた際原告は自発的に飲食店を営んでいることを申告し、同訴外人の質問に対しその仕入関係、雇入関係、借入金関係等について右営業がかなり深く関与していなければ知り得ないような点まで詳細に説明し、現実に右食堂の仕入れにも従事していたこと、本件飲食店は原告住所地から離れた所にあるためこれに従事している訴外後藤キミヱは原告と別居せざるを得なかつたが、それでも時折原告宅へ帰つたり原告もまた右飲食店へ顔を出しており、特に原告と妻の後藤キミヱが生計を別にしている事情もないこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する原告本人の供述部分及び証人後藤キミヱの証言は採用しない。
右事実によれば、本件飲食店営業に要した資金は訴外後藤キミヱにはそのような資力はなく原告がこれを調達したものと思われ、飲食店の経営についても現実にこれに従事しているのは妻の後藤キミヱ及び二男の後藤安次であるけれども、資金繰りその他営業の重要な部分の決定については原告が殆んどの影響力を持つていると推測され、また諸般の事情から原告家族の生計は原告が主宰しているとみられる。これらの事実を総合すると、飲食店営業については、現実の従業者及び営業名義人は訴外後藤キミヱであるが、その経営者は原告とみるのが相当であり、前記実質所得者課税の原則に従えば本件飲食店営業による事業所得は原告に帰属するものとして原告に課税するのが相当と認められる。よつて、被告の原処分のうち右飲食店営業の所得を原告の所得とした部分は何ら違法はなく、この点に関する原告の主張は採用できない。
三 清掃業による原告の所得金額について
1 まず、収入金額について
前掲乙第一〇号証の一、第一一号証、いずれも成立に争いのない甲第一一号証、第二〇号証、証人河上政敏、同上杉登、同松尾敏雄、同熊谷延雄の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、次のような事実を認めることができる。
(一) 昭和四一年当時、久留米市における屎尿汲取料金は、市条例により一八リットルあたり最高額二五円と定められていたが、同市における清掃業者の間においては、各業者の汲取地域を割当てる協定が成立していなかつたため、競争がはげしく、一般的な単価(一八リットルあたりの料金、以下同じ)は二〇円位にまで下がつていた。
(二) 原告の場合は、帳簿類を整備していないため、単価がいくらであつたかは必ずしも判然としないが、原告は昭和三八、九年ごろ従来勤めていた有限会社久留米清掃センターから独立して新規に清掃業をはじめたため、他の既成の業者との競争に打ち勝つ必要上、一般的な単価である二〇円よりも安い単価で汲取らざるを得なかつた。特に大口得意先についての競争が激しかつたため、当時原告の大口得意先であつた自衛隊については単価一四・九四円、明善高校については単価一四・九五(上記単価については当事者間に争いがない。)で、丸永製菓についてもほぼ同額の単価で概算した月額三〇〇〇円の約定で汲取つていた。もつとも、原告は右久留米清掃センター設立以前にも汲取車一台を所有して独立して清掃業を営んでいたことがあり、同センター設立に際しては従前の得意先および汲取車一台を現物出資し、設立後も同センターの業務として従前の得意先の汲取に回つていたので、同センター退社後も汲取車一台とそれでまかない切れる従前の得意先をほぼ維持し得た。したがつて、従前からの得意先分については特に単価を他の業者より引下げる必要はなかつたのであるが、独立後汲取車を一台増したこともあつて、更に一般家庭分の得意先を拡張する必要があり、そのため単価を低いところでは一六円位に下げざるを得ないところもあつた。したがつて、原告の一般分の単価は一六円ないし二〇円の範囲であつたが、その具体的内容は判然としない。
以上の認定に反する前掲各証拠の各該当部分は、右各証拠のその余の部分に照らしてたやすく措信できない。
ところで、原告の一般分の単価を右認定以上に具体化することは証拠上不可能であるが、前示各事実に照らし、単価を、一六円から二〇円の範囲内の単純相加平均値である一八円と考えても実質所得課税の理念に必ずしも背馳しないというべきである。そして、原告の昭和四一年における総汲取量が四一七万八九〇〇リットルであること、自衛隊および明善高校分の汲取量がそれぞれ五万三九六五リットルおよび二一万六〇〇〇リットルであり、その汲取料金がそれぞれ四万四八〇五円および一七万九四〇〇円であること、ならびに、丸永製菓分の汲取料金が三万六〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、丸永製菓分の汲取単価が前記自衛隊ないし明善高校分の単価とほぼ同額であつたこと前記認定のとおりであるから、これを一四・九五円として推計すると丸永製菓分の汲取量は約四万三三四四リットルとなり、その結果一般家庭分の汲取量は三八六万五五九一リットルとなる。したがつて、一般家庭分の汲取料金は、単価一八円で計算すると三八六万五五九一円となるから、これに前記争いのない大口得意先の汲取料金を合算すると、原告の昭和四一年の清掃業による収入は四一二万五七九六円であると云える。
2 算出所得金額について
被告は、原告の清掃業による収入から控除すべき標準(一般)経費の額を算出するにあたり、同業者の所得率(収入中の標準経費以外の金額の占める割合、以下同じ。)を用いて推計したと主張するので、右推計の当否について判断する。
(一) 証人上杉登の証言によれば、原告は清掃業の経理について何ら帳簿類を整備しておらずかつ資料を全く提出しなかつたことが認められるから、一般経費の類を認定するには、推計の方法によるほかなかつたものということができ、原告もこの方法によること自体は強いて争つていない。
(二) つぎに、被告が推計の基礎とするために選んだ同業者(以下比準者という)の選択の合理性および推計方法の合理性について判断する。被告は、比準者として、佐賀市のA・B業者および大牟田市のC業者を選択し、その平均所得率を下まわるC業者の収入が原告の収入に近似しているという理由で、C業者の所得率をほぼそのまま原告の所得率であると推計している。しかしながら、右三業者は、被告主張の収入金額においてすでに原告の前記認定収入金額と大きく相違するのみならず、営業規模(汲取車輛台数、雇人員数等)、営業実績および立地条件等につき、右三業者と原告との近似性がほとんど立証されていないから、被告の行つた比準者の選択および推計方法は、ただちに正当と断じえない。(なお、原告は、被告が本件訴提起後に右三業者の申告書を取寄せて推計の根拠にしたから、比準者の選択が合理的になされたとは云い難いと主張し、右事実は証人河上政敏の証言により認められるが、右事実だけをもつてしては、比準者の選択が作為的になされたとは云い難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。)
(三) ところで、前掲証人河上政敏の証言によると、被告は、久留米市内の業者の中に比準者を求めたが、久留米市内には、青色申告をしている個人経営の業者はもちろん、白色申告をしている者でかつ帳簿類を整備していて誠実な申告者と考えられる業者はひとりもなく、やむなく近隣の都市に比準者を求め、ようやく前記三業者を抽出したことが認められる。このように、比準者の選択の範囲が極めて限られる場合においては、単に比準者の選択が不適切であるからといつて、ただちに推計による課税を違法と断定すべきではなく、実質課税の理念と税の公平な負担の理念の調和を計りうる合理的な推計方法(理論)が考えられる限り、推計課税は許されるというべきである。特に、本件の場合は、収入を推計するわけではなく、支払(経費)額を推計する場合であるから、推計方法が一応合理的であると考えられる以上、これを超えて原告に有利な事実は、原告において立証の責任があると云うべきである。
(四) さて、本件において考えられる合理的な推計方法は、清掃業における収入および標準経費を決定する基本的かつ重要な要素を抽出し、これを対比検討することにより、収入と標準経費との関係につき一般的な法則を見出し、これにもとづいて所得率を算出する方法である。そこで、本件の場合に、どのような法則が考えうるかについて検討する。成立の争いのない乙第二二号証、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立した公文書と推定できる乙第一、第四号証および第一九号証の二を総合すると、屎尿汲取をもつぱらその業務とする清掃業においては、その標準経費は、汲取車の運転手および助手の福利厚生費、汲取車の減価償却費、修繕費、燃料費、消耗品費、自動車税および車輛保険費等によつてそのほとんどが占められていることが認められるから、標準経費の額は、結局、営業の規模を表わす汲取車輛の台数にほぼ比例すると云える。また、清掃業における収入金額は、前記認定のように、汲取量と汲取単価により単純に決定されるものである。そして、汲取量は、営業実績および立地条件に関係なく、汲取車輛台数にほぼ比例すると考えるのが合理的な経済観念から見て妥当である。なぜならば、清掃業についての立地条件の基本的かつ重要な要素である地域割協定が行われているところでは、汲取車輛台数は、営業実績にほとんど関係なく、対象地域を汲取るのに必要な限度に制限されるからであり、また地域割協定の行なわれていないところでも、汲取車輛台数は予測される当該地域の総汲取量を前提に全体としておおよそ決定されるものであり(これを無視して増車しようとしても増車分に応じた汲取量の獲得のためには、業者間の経済性を無視した競争を必然にし、そこには自ら限界がある)、そして個々の業者間ではそれぞれが所有車輛台数に応じた汲取量を求めて必要な競争を行う結果、まず均等なものになると考えられるからである。そうすると、標準経費と汲取量はともに車輛台数に比例することになるから、もしその単価が同一であるならば、営業規模、営業実績、立地条件等の差にかかわらず、右汲取量と単価で決定される収入金額につき標準経費額の占める割合はほぼ一定であるという法則を見出すことができる。以上の推論は、前掲乙第四号証、第一九号証の一および証人熊谷延雄の証言によれば、条例所定の共通の単価で汲取られている佐賀市の二業者の場合、その所得率がほぼ同一であると認められることによつてもその合理性を裏付けることができる。
(五) そこで、右の法則に従つて、原告の所得率を推計すると以下のようになる。すなわち、被告の主張する佐賀市の二業者については、単価を証明する証拠がないのでこれを直ちに推計の根拠に用いることはできないが、大牟田市の業者の場合は、成立に争いのない乙第二一号証と証人熊谷延雄の証言によると、昭和四一年におけるその単価は、市条例所定の単価から業者が支払う海洋投棄料を控除し、これに市の補助金を加えた額の平均値約一六・四〇円であることが認められ、また前掲乙第一号証によると、その所得率が五五・六四パーセントであることが認められる。そして、原告の場合の平均単価は、前記認定の総汲取量および収入額により算出すると約一七・七七円であるから、原告の方が大牟田市の業者の場合よりも単価が高いのである。そして、前記推論の過程に照らすと、単価が高ければ所得率も高いと考えられるから、原告の所得率は大牟田市の業者のそれよりも高いと推計できるのである。
(六) なお、原告は、被告が比準者の氏名を明かにしないので、原告と比準者との営業規模、営業実績および立地条件等の相違について反証を挙げ、被告の推計を争うことができないから、被告の推計方法は不当で許されないと主張する。しかしながら、清掃業という職種は、前記のようにその比準者の範囲が極めて限定されるものであり、しかもその営業内容にそれほど多様な態様が考えられないものであるから、比準者の所在地と収入金額が判明しておれば、原告において反証を挙げて争うことは必ずしも困難と云えない。したがつて、右主張のみをもつて、本件推計を否定することはできない。
また、原告は、大牟田市の場合と久留米市の場合とでは、地域割協定の有無およびこれに伴う過当競争の有無等立地条件に大きな差があるから、これを無視した本件推計は不当であると主張するが、右立地条件の差異はまず主として単価に反映するものであるところ、原告の場合久留米市の定めた最高額二五円が業者間の競争等によつて約一七・七七円になつた経緯はすでに考慮ずみであり、またその他、地域割協定の有無、延いては過当競争による経費の増加が何程か想像されないではないが、具体的にこれを確定する証拠もなく、また右単価の低落に比すればさしたるものとも思われないから、原告の右主張は当を得ないというべきである。
さらに、原告は、久留米市清掃津福工場作成の原価計算による標準経費額をもつて原告の標準経費であると主張するが、前掲乙第二二号証によると、右原価計算は、昭和四二年八月三日付で、当時の人件費増を考慮して、市条例による単価の額を改定するための資料として作成せられたものにすぎないから、これをもつて原告の標準経費を推計するのは適当ではないというべきである。
(七) 以上の認定判断によれば、被告が、前記佐賀市の二業者の分も参酌のうえ、大牟田市のC業者の所得率を下まわる五五パーセントをもつて原告の所得率を下まわる五五パーセントをもつて原告の所得率であると推計したことは、合理的で妥当な推計であると云えるから、原告の前記収入金額から標準経費を差引いた算出所得金額は、金二二六万九一八七円(円未満切捨)となる。
3 標準外経費について
(一) 雇人費
原告が昭和四一年において、被告主張の三名を雇つて清掃業に使用し、その主張の給与を支払つたことは当事者間に争いがない。しかし、原告は右三名の他に、同年四月から一一月までの間、野中茂を雇用して、その給与二二万八八〇〇円を支払つたと主張するところ、成立に争いのない甲第一〇号証、乙第一一号証、原告本人尋問の結果およびこれより原告作成部が真正に成立したものと認められその余の部分は成立に争いのない甲第九号証によれば、原告がその主張でおり昭和四一年四月一〇日頃から右野中茂を清掃業の従業員として雇い入れたこと、当時久留米市においてはかかる清掃業の従業員の雇用について業者に対し市への届出を義務付けていたが、原告からは右野中を同年四月一〇日より同年一一月三〇日まで雇用した旨の届出もなされていたことが認められる。もつとも、前掲乙第一〇号証の五、成立に争いのない乙第一六、第一七証、証人上杉登、同河上政敏、同松尾敏雄の各証言を総合すると、被告の係官上杉登が同年一一月一〇日に原告の同年分の所得の事前調査をした際、原告はその従業員として右野中の名前を挙げていないこと、それが異議申立の段階に至つて原告から野中茂を雇用していた旨主張されたので、被告において同人の生存中である昭和四三年五月八日頃と同月二五日頃の二回にわたり、同人に対し照会状を発して原告に雇われていたか否かについての返答を求めたが、何ら回答のなかつたことが認められ、その点疑問がないわけではない。ことに原告の市に対する前記届出によれば、被告の係官による事前調査がなされた同年一一月一〇日には右野中はまだ雇用中であつて、原告がこれを失念することはあり得ないはずである。しかし、原告が何らかの不法な目的でことさら虚偽の届出をしたものとも考えられず、常識的には同人が右事前調査の当時すでにやめており、そのため原告は従業員として同人を申告しなかつたが、市のの退職の届出が遅れたにすぎないものと推測されるので、これらの事実はいまだ前記認定を覆すに十分でない。
ところで、右野中茂に対する給与額、雇用期間等については、原告本人尋問の結果中に、日給は一三〇〇円位で一ケ月二〇日から二五日働いており、一年近く雇つていたとする部分があるが、これを裏付けるような格別の証拠はない。そして前掲乙第一〇号証の五によれば、原告方の他の従業員の収入は若干の一名を除いて月額二万八〇〇〇円位であつたことが われるので、右野中に対する給与も同程度はあつたものと推認し、これを同四月一〇日頃から被告の事前調査前の同年一〇月頃まで、まず六ケ月間雇用していたものと判断するのが相当であろう。
そうすると、原告の清掃業における雇人費は、前記争いのない八五万八〇〇〇円に加えて、右野中茂に対する分一六万八〇〇〇円、以上合計金一〇二万六〇〇〇円ということになる。
(二) 借入金利子については、原告は、被告主張の金一〇万二七五〇円の額を明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
4 以上によると、原告の昭和四一年分の清掃業による営業所得金額は、前記算出所得金額から右雇入費および借入金利子の標準外経費を差引き、さらに専従者控除額金二八万五〇〇〇円(この額については、原告は明かに争わないからこれを自白したものとみなす。)を差引いた金八五万五四三七円となる。
四 結論
以上の認定判断によれば、原告の昭和四一年分所得税の総所得金額は、飲食店営業分の金七七五〇円および清掃業分の金八五万五四三七円の合計額金八六万三一八七円であると云えるから、被告の本件更生は右金額を超える部分について違法であると云わざるを得ない。よつて、原告の本訴請求は、被告の本件更正のうち右金額を超える部分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 権藤義臣 裁判官 大石一宣 裁判官 小林克美)